「……なにー?」

(っ〜〜〜〜〜!!!!!)

 ただでさえ熱くなっていた体が一気に灼熱に包まれる。

(き、聞かれてた?)

 へ、返事をされたってことはそういうことなんでしょうけど……え? う、嘘、嘘! 聞かれてたの? 声に出してた? そ、そんなつもりはなかったけど……と、というよりもいつから声を出してたの? 

 ま、まさか今の「彩音……」っていうところだけじゃなくて、もっと前から………?

「っ〜〜〜!!!!」

 し、死ぬ。

 頭の中が真っ白。さっきまで幸せな巡っていた頭からすべてが吹き飛んで代わりに信じられないほどの羞恥心が入ってくる。

「ねー……今呼ばなかったー?」

 私が何を考えているかなんてわかるはずもなく、彩音はけだるそうに体を起こしてそう口にするけど、私自身が焦りすぎていて今の判断が正しいのか自分ではわかりようがない。

 冷静になれていれば、聞かれてたらこんなことを言われるはずはないのだろうけど私はそんなことに頭が周るはずもなく

「な、な……な……」

(見られた……聞かれた……)

 気まずさと羞恥心からそんな思い込みをしてしまった私は

「な、何覗いてんのよ! 変態!!」

 飛んでもないことを言ってしまう。

「へ!? な、何の、こと?」

 寝ぼけ眼だった彩音が一瞬ビクっとして、本当に何のことだかわからないという声をだす。私もそれに気づいていないわけではなかったけど

「う、うるさい! の、覗いてたんでしょ!」

 あまりの不意打ちに私は暴走するしかなかった。

「だ、だからなんの……」

「と、とぼけてんじゃないわよ! 聞いて、たんでしょ! わ、私が……」

「私が……?」

 首をかしげてくる彩音。それはどういう意味かということでしかないはずだけど、この時の私にはともぼけているようにしか見えなかった。

「っ〜〜〜」

 な、なによ! どうせとぼけてるんでしょ! 全部、見てて、きっと他にも声を出しちゃってなんかしてて、彩音はそれを聞いてて私をからかってるのよ! きっとそうなのよ!

「美咲、なんかしてたの?」

「っーーー!」

 ほ、ほらまた。知ってるくせに私の口から言わせようとして、

「ねぇねぇ、何してたわけ?」

「な、何にもしてないわよ!」

 嘘じゃない。別にしてない。声くらいは出てたかもしれないけど、ほ、本当にそれだけだし、何にもやましいことなんてしてない! 考えるくらいは自由じゃない。彩音に言われるようなことは何もないわよ!

「美咲……?」

「う、うるさい!」

「いや、なんも言ってないんだけど」

「そ、それがうるさいっていうのよ! も、もとはただせばあんたのせいじゃない」

 そ、そうよ! 彩音のせいよ。彩音が普段からあんなだから妙なこと考えただけ。それで変な声を出したりしてたところでそれは彩音のせいなのよ! 彩音が全部悪いのよ!

「だ、だからわけがわからないんだけど………?」

「っ〜〜〜」

 こ、こっちだってわけがわからないわよ! 何言ってんのよ私は! 彩音の前でこんな、情けないところ見せて。

(もう、わけわかんない! )

 真っ赤な顔をしながらも心では泣きそうになっている私は奥歯を噛みしめどうにか涙があふれそうなのをとどめる。

(……ほんと、バカみたい……)

 なんでいきなり変なこと言っちゃうのよ私は。こういうことばっかりになってきた。普段だったらなんでもないけど、少しでもまともな状態じゃないとすぐおかしなことを言っちゃう。

 彩音はバカだからそんなの気づかないかもしれないけど、私は結構気にしてるのよ。

「……………きゃ!?」

 私が恥ずかしさにうつむいてしまっていると、いつのまにかベッドから降りていた彩音が私の頭を撫でていた。

 子供をあやすように優しく、愛しさを込めて。

「な、なにすんのよ」

「んー、なんか、美咲がテンパってるみたいだから」

「な、なによ、別に私は……」

 反論する言葉などあるはずもない。自分でも信じられないくらい混乱してるし、はっきりいってどうかしちゃってる。

「まま、いいからいいから」

 彩音は私が何を考えてるかなんてしるわけもなく、ただ私を心配して頭を撫でてくれる。

 しなやかな彩音の指……これの感触を私は誰よりも知っている。

(……彩音の手……気持ちいい)

 そのことに頭が支配される。彩音が撫でる感触。それは頭に血が上りすぎていていた私の心も体も整えてくれる。

 少し悔しいけど、彩音にこうされるのも悪くないって思ってしまう。悪くないどころか……ずっとしてほしいくらい。

「ん? 落ち着いた?」

「…………別に、最初から落ち着いてるわよ」

「はいはい。そういえるなら大丈夫っぽいね」

 そういうとあっさり彩音は頭から手をどけて、そのことに一瞬不満のようなものを心でもらすけど、それが心の中というのはやはりある程度落ち着けたから。

「んで、なんか変な夢でもみたの?」

「……そういうわけじゃ、ないわよ」

 ある意味夢だったかもしれないけど。

(……気づいて、ない、か……)

 彩音のおかげで落ち着けている私はそれを確信する。

 からかっている様子なんて微塵もない。ただ純粋に私のことを心配しているだけだ。

(…………)

 よかった。

 そう心から思ったはず。だけど……

(もし、聞かれてたら………)

「……………」

「ま、別に大したことじゃないんならいいんだけどさ」

(聞かれてたら………)

 これまでしようとしていなかった思考をめぐらす。その中にはあまりにもさまざまなものが入っていてどのようなものかなど言葉にはできない。

「ふぁ……、じゃ、寝よっか……美咲?」

 ただ、

「……彩音」

 私はこれまでと違うことを言うつもりだろう。……彩音はそのことに気づけないだろうけど。

「ん?」

「……キス、しなさいよ」

「へ!?」

 彩音が驚いている。当たり前だろうけど。でも、これは私にとって精いっぱいの言葉。

「キス、しなさいって言ったのよ」

「な、なんでよ」

 彩音の驚きはもっともだろうし、言いたくなる気持ちも手に取るようにわかる。まして、しなさいという婉曲的な言葉ではなおさら。

「いいからしなさい。……それなら、いいから」

「な、何が、いいの?」

「……あんたは知らなくていいことよ。いいからしなさいよ……キス」

 私はいま怒ってもいて、恥ずかしがってもいる。自分からするのは慣れてるけど、してとわざわざ要求するのはやはり恥ずかしい。

 でも

「…………ん」

 私が本気でそれを望んでいるのは彩音なら当然のように理解してくれて、彩音は私の唇を奪う。

「ん、……ちゅぷ、くちゅ」

 暗闇の中彩音の手を探り、先ほど妄想したように指を絡める。

「ふ、ぁ……ん、ちゅく……ちゅぷ」

 彩音の舌をこちらに招き入れ、あくまで彩音主導にキスをさせる。

 粘着質のある音を立てながら、暖かな彩音の舌が私の舌に絡みつく。かすかに甘く感じる心地よさに自然と体が密着していく。

「……ん、はぁ……こ、これでいい」

「………まだ」

「え、ま、まだすんの?」

「キスだけじゃなくて、一緒に寝たいのなら、寝てあげるわ」

「はぁ?」

 彩音がまた不思議そうな顔をする。この一連のことが理解できていないものもちろんだろうけど、言い方がらしくなさすぎるからだろう。

 これじゃまるで

「なんか、ゆめみたいなこと言ってんね」

 その通りだけど、彩音にそれを言われるのは面白くない。

(……っていうか、口にだしてんじゃないわよ)

「そんなのはいいから、どうなの」

 私はあえてそのことをスルーして、そちらだけに返答を求めた。

「彩音は私と寝たいの? 寝たくないの?」

「え? そりゃ、まぁ……寝るのは、好きだから、寝たい……かな」

「ふーん。じゃあ、寝てあげるわ」

「は、はぁ……」

 釈然としない彩音ではあったけど、私たちは二人して彩音のベッドに上がってそのまま体を密着させて横になる。

「……これからも彩音がどうしても一緒に寝たいっていうなら、こうしてあげるから、遠慮なく言うことね」

 あくまで彩音の主導にさせる、この一事が、私が許せる最大限のことだと自分を納得させながら私は結局詳しくこの件に関して聞こうとしない彩音に若干の不満を持ちつつも、想像なんかじゃなく現実に感じられる最愛の相手のぬくもりに笑顔になるのだった。

1/おまけ

ノベル/Trinity top